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脱力で生きていくためのブログ

プログラマーの雑記になります。書評多し。技術少なし。

A 5th Of BitSummit に行ってきた。

ヴァン クリーフ&アーペル展に行くつもりで京都に行ったのですが、偶然ゲームの祭典A 5th Of BitSummitが開催されれていたので、行ってきました。

 

bitsummit.org

 

A 5th Of BitSummitは、インディペンデントゲーム(インディーズゲーム)の祭典です。

私は、A 5th Of BitSummitが何か知らぬまま参加しましたが、会場は人であふれかえっていました。

ヴァン クリーフ&アーペル展とは、盛り上がり方が全然違います。

 

インディーズゲームを簡単に言うと、大手企業に属さない企業です。

Sonyとか任天堂とかに属さないということですね。

 

インディーズの祭典で有名なもので言えば、サンダンス映画祭が挙げられます。

この映画際で紹介され、高い評価を得たものはメジャー映画を食います。

このゲーム祭でも、大手ゲーム会社を食うような企業が出て来ることを祈っております。

 

私はゲームをしない人間なのですが、 A 5th Of BitSummitはいろいろな趣向のゲームが揃っており、ゲームしない人間にも楽しむことができました。

単純なゲームほど、頭を使わずできるので、感情が表に出て楽しめました。

 

ゲーム文化には触れて来なかった私なのですが、少しゲーム文化にも触れて見ようかと思うほど、興味を引きつけられました。

子供連れもチラホラ見えてましたが、こういうイベントに参加して、家族の仲を深めるのもいいかもしれませんね。

親のゲームへの理解も深まると思います。

 

来年もぜひ参加させてもらいたいです!!

 

以上 

技を極める―ヴァン クリーフ&アーペル  ハイジュエリーと日本の工芸に行ってきた。

ヴァン クリーフ&アーペル展に行ってきました。

ヴァン クリーフ&アーペルは、フランスに本社がある高級ジュエリーブランドです。

ちなみに、私はジュエリーにはまったく興味が無いです。

ヴァン クリーフ&アーペルは名前だけ聞いたことがあるぐらいで、ブランドの詳しいことは知りません。

 

なので、ヴァン クリーフ&アーペルのジュエリーも買ったことは無いです。

というか、高すぎて買えないです。

1つ1つがオーダーメイドで、あんだけ宝石を散りばめたら、値段が上がる理由を分からないわけではないですが、とりあえず高いです。

 

では、展覧会の話になります。

 

副題にあるように、この展覧会はヴァン クリーフ&アーペルと日本の工芸の対比になります。

展示の仕方は対比なのかどうなのか疑問が残るものになっています。

ヴァン クリーフ&アーペルの間に、日本の工芸作品が時々置かれています。

この展覧会に行った人は、なんで?と感じた人も多いはず。

 

わざわざ対比という形にしなくても、ヴァン クリーフ&アーペルの作品だけ飾る展覧会だけで良かったのでは?と思ってしまいます。

実際に、同じ京都国立近代美術館で開かれたポール・スミス展は、ポール・スミスだけを取り上げた展覧会でした。

日本の工芸が置かれていた理由がどうしても気になってしまいます。

 

話は変わりますが、展覧会には数億円ぐらいするヴァン クリーフ&アーペルの作品が展示されています。

ヴァン クリーフ&アーペル好きにはたまらないと思います。

個人的には、ピカピカでテカテカのジュエリーにあまり興味がないので、多少流し見してしまいました。

 

ただ、職人やデザイナーの狂気にも迫るブランドへの思いは感じることができました。

そういった人間に支えられて、長年ヴァン クリーフ&アーペルは維持されてきたのだなと。

ものづくりに関わる人は参考になるところがあるかもしれないので、ぜひ一度行ってみてはいかがでしょうか?

とりあえず、宝石の勉強にはなります。

 

 

highjewelry.exhn.jp

 

以上

書評:人間の経済学(宇沢弘文)

2014年9月に他界された宇沢弘文さんの講演やインタビューをまとめたのが、この「人間の経済学」になります。

なので、この本の帯にはデカデカと「未来へのラスト・メッセージ」と書いてありますが、宇沢弘文さんの最後の言葉が書かれた書物というわけではないので注意が必要です。

宇沢弘文さんは、数学科出身なのに何を思われたのか経済学の道に進まれるという特殊な経歴の持ち主です。
経済学の道に入られたあとの業績は素晴らしく、ノーベル経済学賞の候補であったとも言われています。

 

そのため、この本に出てくる経済学者は、ノーベル経済学賞受賞者のような著名な方ばかりです。

例えば、フリードマンやスティグリッツなどなど。

 

このようなノーベル経済学賞の受賞といえども、この本の中での扱いはマチマチです。

宇沢さんはフリードマンを酷評し、スティグリッツを絶賛されています。

 

まぁ、フリードマンは金の亡者と化した経済学者なので、酷評されるのは至極当然です。

政府の介入を無くし、企業がお金を稼げば、経済市場は安定し、社会の安定につながるみたいな市場原理主義は、弱者をないがしろにするロクでもない考え方です。

そして、フリードマンに代表するような市場原理主義の考え方を日本は経済政策に取り入れてきました。

 

代表的なものは、小泉総理時代の改革でしょう。

経済が成長する政策を取るのは当然ですが、明らかに社会への還元が少なすぎました。

現在の貧困と格差の問題は、そのころの経済政策、社会政策に起因していると言えるでしょう。

その辺りの問題点もこの本で宇沢さんが舌鋒鋭く、語られています。

 

炭素税の導入等など個人的には同意できかねるところはありましたが、宇沢さんの思想や知識に触れられる良本でした。

宇沢さんが書かれた本を読み始めるなら、間違いなくこの本から読むべきです。

難しい経済用語もほとんど無く、わかりやすい内容になっています。

 

では、この本で書かれていた名言を1つ。

 

笑われるかもしれませんが、これは案外大事なことで、教授や学生が「社交的な飲み物」であるビールを飲みながら語り合うような場は近所にないといけない。

 

 

人間の経済 (新潮新書)

人間の経済 (新潮新書)

 

 

以上

書評: 捨てられる銀行2 〜非産運用〜(橋本卓典)

捨てられる銀行の第2段。

捨てられる銀行第1段の内容は、森金融庁長官が進める金融機関改革の話が中心でした。

お金を貸し出すだけで何も生み出すことがない銀行の問題点を挙げて、今後の銀行に求められることが書かれていました。

 

第2段でも森金融庁長官の改革話が引き続き、取り上げられています。

森金融庁長官が問題視しているのが、資産運用です。

 

第2段の副タイトルにもなっている非産運用は、運用が何も生み出していないことを表しています。

「捨てられる銀行2 〜非産運用〜」を紹介している講談社ホームページには、悲惨運用と書かれているぐらい日本の運用は何も生み出していません。

 

この本で紹介されている非産運用の例を1つ紹介しときます。

1995年の家計の金融資産を1とすると、米国は3倍強、英国は2.8倍に膨らんでいます。しかし、日本の1.47倍止まりになっています。

インフラ率を考慮すると、目減りしているのです。

 

このような非産運用になってしまった原因の1つには、間違いなく、森金融庁長官が問題視している金融機関が挙げられることになるでしょう。

金融機関が勧めてくる運用商品には、非魅力的な商品や明らかに顧客本位ではない商品が跳梁跋扈しています。

顧客のことを考えたら、どうしてあんなクズ商品を勧めることができるのでしょうか?

別に投資商品だけではありません。

保険等の金融商品すべてに当てはまります。

 

日本の金融機関が勧めてくる商品は、リーマン・ショックの引き金になったサブプライム・ローン債権もビックリなほどクズ商品です。

なぜなら、その金融商品を買った側は損をすることになるからです。

 

あんな金融商品を買うぐらいなら、インデックスファンドに投資すべきです。

オマハの賢人であるウォーレン・バフェットですら、インデックスファンドを買うべきだと言っています。(まぁ、本来投資はまとめたところにすべきだと言っていますが)

 

では、なぜそういった商品を金融機関は紹介しないのでしょうか?

おそらく、会社の利益に繋がりにくいからでしょう。 

顧客本位とは、よく言えたものです。

 

この辺りが話が 「捨てられる銀行2 〜非産運用〜」には、詳しく載っています。

とりあえず、無駄に貯金するぐらいなら、以下の3つに金を使うべきです。

 

1、インデックスファンド投資

2、確定拠出年金

3、自己投資

 

バフェットの名言で締めたいと思います。

投資の社会には見逃し三振はない。

まぁ、意味は分かりませんが。

 
捨てられる銀行2 非産運用 (講談社現代新書)

捨てられる銀行2 非産運用 (講談社現代新書)

 

 

以上

 

 

blog.pitre.jp

 

書評:学校で教えてくれない音楽(大友良英)

この本の著者である大友良英さんは、音楽の世界ではかなり有名な方です。

大友良英さんの演奏される音楽は、実験音楽やフリージャズといった音楽なので、J-POPを日頃聞いている方には馴染みがない人かもしれません。

あまり馴染みがない人も、大友良英さんの名前は覚えておいて損はないと思います。

大友良英さんは間違いなく、日本を代表する音楽家なのですから。

 

そんな大友良英さんが行った音楽における対談や授業をまとめたのが、「学校で教えてくれない音楽」になります。

どんな対談や授業が行われているかというと、以下のようなものになります。

 

1,音を出す(ゲスト:大熊ワタル、上原なな江)

2,うたってみる(ゲスト:さや(テニスコーツ))

 補論:いい歌ってなんだろう(ゲスト:Phew、さや)

3,学校じゃないところの音楽(ゲスト:沼田里衣)

4,学校じゃないところで教わった音楽

 

これらで紹介されている音楽を一言で表すなら、「自由な音楽」という言葉がピッタリです。

音楽のイメージが自分の中で固まっている人がこの本を読んだら、間違いなく価値観が変わるでしょう。

なぜなら、音楽とは本来、自由なものだからです。

 

実際に、学校で教えられる音楽には自由のかけらもないです。

そのせいで、だいたいの人間が音楽を嫌いになります。

私も、音楽の授業が嫌いだった人間のうちの1人です。

 

音痴や楽器ができないと、音楽の評価は低くなります。

評価が低いだけだとまだマシです。

音を外すことが絶対悪になるので、学校の授業で音を外す人間は音楽を人前ですることが嫌になります。

学校の音楽の受業は、音楽好きを作っているのではなく、音楽嫌いを作っています。

まぁ、美術や体育についてもおんなじことが言えると思います。

(受業が楽しくなくなるのは、教師の考え(クラシックこそが音楽みたいな)が矮小なことに起因するような気がしますが。)

 

音楽は本来楽しいものです。

この考えは、音楽の受業が嫌いだった人間も共感してくれるでしょう。

「学校で教えくれない音楽」は、そんな楽しかった音楽を思い出させてくれます。

ぜひ、生徒を音楽嫌いにさせる音楽の受業を行う先生方には、読んでもらいたい一冊です。

 

学校で教えてくれない音楽 (岩波新書)

学校で教えてくれない音楽 (岩波新書)

 

 

以上