読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

脱力で生きていくためのブログ

プログラマーの雑記になります。書評多し。技術少なし。

テレビが無いと世の中に疎くなるということを実感。

Life style

もしかしたらテレビが無い生活を始めようと思いながら、今まであったものが急に無くなることに、どことなく不安を感じている方が居られるかもしれない。

 

そこで、テレビが無い生活がどんなものかを記したいと思う。

 

結論から述べると、巷でよく言われるような情報がリアルタイムで得られなくなることも無かったし、テレビの話題について行けなくなることも無かった。

(というか、テレビでやっているバラエティとかドラマとかの話をしている奴なんか最近ほとんどいないんじゃないだろうか。最近、よく耳にする話題は、テレビとはまったく関係ないポケモンgoである。もちろん、時々にはテレビの話題になる時もあるが、そんな時は無理に話をしなくても、すぐにテレビの話題からは逸れていった。)

 

しかし、大きな問題がただ1つだけあった。

 

それは、テレビを見ている人と見ていない私との間に存在するニュースに対する温度差である。

 

 

7月から一人暮らしを始めたことで、テレビが無い生活が始まった。

 

テレビが無くても、Googleから配信されるニュースを見たりして、常に情報をキャッチしているので、情弱になっている認識はなかった。

 

結局はテレビという存在は、ある意味で他のメディアに取って代わることのできる存在であるという認識が、日に日に強まっていったのは事実である。

 

そんな中、2016年リオ五輪が始まった。

 

2〜3日経過し、ニュースだけ見ていても盛り上がっているのか、いないのかどちらなのかの区別が付かない状況であった。

(何だったら、ブラジル国民が大統領?に向かってブーイングしている等々のネガティブな情報のほうが、私の耳には入ってきていた。) 

 

そして、4日目ぐらいに日本代表、男子体操団体が金メダルを獲得したというニュースが朝一から流れた。

 

多くの方々は、このニュースをテレビでの生放送やテレビニュースで知ったと思う。

 

もちろん、私もテレビニュースで知った方々と遜色無い朝の早い時間に、Googleから配信されたニュースを受け取り、その内容を確認した。

 

もちろん、日本代表、男子体操団体が金メダルを獲得したというニュースの内容を確認した際には、他の多くの日本人と同じように喜んだ。

 

しかし、そのニュースの話題になると明らかにテレビを見ていた人との間に温度差が存在していた。

 

この温度差は、視覚的に訴える時の伝わりさすさに関係しているのかもしれない。

 

そこにはテレビを見ている人、独特の興奮が存在していた。

 

テレビは視覚的に訴えるため、その場の空気感も含めて実況してくれる。今回の場合だと、金メダル獲得という興奮を。

 

もちろん、ネットにはYoutubeやニコニコ動画といった視覚的に視聴者に訴えるメディアも存在する。

 

しかし、そこには大衆的なコンテンツの少なさは否めない。

 

まだまだテレビというマスメディアは、多くの視聴者に空気感を伝えているという意味で、今後も世の中に対して影響力を持つのかもしれない。

 

テレビが無い生活というのは、ニュースの空気感が伝わりにくいため、すべてのニュースが横一閃で耳に入ってくる。

 

そのため、どうしても世間が重要視するニュースだと、感じ方に世間とのギャップが出てくる。その点では、世の中に対してどうしても疎くなってしまう。

 

世の中に対して疎くなってしまうかもしれないが、私は自分の欲しいニュースを優先的に見れるテレビの無い生活を辞めるつもりはないのだが。。

 

以上