日本酒を飲みながら、自由を探すプログラマー

プログラマーの雑記になります。書評多し。技術少なし。

SNSで自分の写真は載せないけど、自分の子どもの写真は載せるという暴挙について

 

最近、SNSを見ていて、人の写真をSNSに投稿している人間には4パターンあることに気づいた。

 

以下、気づいた4パターンを列挙すると

 

①自分も他人の写真も載せる。

②自分の写真だけ載せる

③他人の写真だけ載せる。

④誰の写真も載せない。(風景とかは載せる。)

 

そもそもSNSに投稿しないという人間を除くと、以上のようなパターンになると思う。

 

個人的な感覚であるが、①と④のパターンが多くの割合を占めている気がするが、ちらほら②と③のパターンも見かける。

 

②自分の写真だけ載せるというタイプの人を見かけると、どんだけ自分のこと好きやねんとツッコミたくなる。個人的には、この②のタイプの人は、呆れるというより、微笑ましい。

 

③のタイプの人もなんだかんだで結構見かける。友人たちの集まりで自分が写っていない写真を撮ったため、それだけをSNSに投稿する人や自分は写らず、自分の子どもの写真だけをSNSに投稿する人等々、③のタイプは結構見かける。

 

 

前者の自分が写っていない、友人たちの写真は投稿する人はまだ良いとして自分の子どもの写真だけをSNSに投稿する奴らはどの面下げて、投稿してんだと思う。

 

ここで③のタイプが、なぜ自分の顔の写真を載せないかを考えてみると、得てして2つのタイプに分かれると思う。

 

①恥ずかしい

②自分の写真が拡散されるのが嫌

 

まぁ、結局は自分の写真をSNSに投稿したくないということである。

 

それなのに、その自分の投稿したくないという気持ちはどことやらで、他人の写真はSNSに投稿する。

 

友人たちの写真はまだ良いかもしれない。このご時世、写真を撮られるということは、SNSに載せられる可能性があるということは分別がある多くの人間なら、折り紙つきである。

 

そう、問題は自分の子どもの写真だけSNSに投稿するタイプである。

 

子どもは何の分別が無く、意思表示できないにもかかわらず、親に写真を撮られて、その写真をSNSに投稿される。

 

その親は、自分の写真をSNSに載せることを憚っているのにもかかわらず、自分の子どもの写真は容赦なくSNSにさらし続ける。

 

自分の子どもが、おそらく自分と同じような考え方を持つことになろうと考えれば、思想的に自分の子どもが写真をSNSに投稿されることを嫌がる可能性が高くなることは一目瞭然である。

 

決して、子どもの写真をSNSに投稿するなと言っているわけではない。

 

ただ、もう少し子どもの気持ちになってSNSに投稿するべきなのではないかと思うだけである。

 

そして、SNSに写真を投稿するなら、せめて家族が仲睦まじく写っている写真を投稿すべきではないだろうか。

 

 

以上