脱力で生きていくためのブログ

プログラマーの雑記になります。書評多し。技術少なし。

サッカー界を見ていて思う、人を批判することには意味がない。

人を批判することには意味が無いです。

特にスポーツ界を見ていてそう思います。

特にサッカー界で一流と言われる監督に対してそういった思想が明らかです。

ここでいう、一流のサッカー監督はグアルディオラ、モウリーニョ、ベンゲル、クロップなどです。

(サッカー好きにはわかると思います。)

こういった一流の監督は、選手が批判を浴びることを嫌がります。

嫌がりすぎて、自分が退場になることさえあります。

特に、現マンチェスター・U監督であるモウリーニョはそのような行動を取るのがうまいです。

 

モウリーニョにいたっては、やり過ぎとさえ思えることがありますが、それでもメディアの批判を自分に向けさせます。

2016-2017シーズンのプレミアリーグ第13節、マンチェスター・ユナイテッド対ウェストハムの一戦。ポクバのダイブにジョゼ・モウリーニョは審判に抗議し、退席処分を言いわたされます。

その後、メディアの批判はモウリーニョに集中し、ポクバへの批判はありませんでした。

モウリーニョは選手を批判されることに対して、意味がないことをわかっているからこそ、このような行動をとります。

これは、モウリーニョについて書かれた本からでも意図して行っていることが明らかです。(参考:モウリーニョのリーダー論 世界最強チームの束ね方

 

最近では、現リバプール監督クロップが人を批判することに意味がないという旨の発言をしています。

以下はクロップ監督の言葉の引用。

 「解説者のほとんど元選手ですが、彼らが非難された時にどういった気持ちだったかを忘れていると思います。特にネビル兄弟は明らかです。片方の元監督は、過剰な批判が助けにならないことを知っているはずだと思います。その彼が(元マンチェスター・Uの選手であるため)リバプール選手の助けになることは無いですが、この事実こそが彼の言葉が我々の選手に対して助けになることがないということを表しているでしょう。」

 

そうなんです。

人は助けたくない人に対してこそ、批判するのです。

特に人前では。

クロップは自らの選手の批判に対して真っ当な発言をしています。

批判した相手に対して、「おまえのためを思って言ってる」なんてよく聞くセリフを言うやつなんてうさんくさくてしょうがないです。

批判は意味をなさないのですから、そのセリフが自分を正当化しようとしていることが明白です。

さらに、人前ではなおさらです。

人前で批判することにより、その批判以外へと注意が向いてしまいます。

怒られないでおこうとか、周りにどう思われているかを心配しだします。

あぁ、なんという意味ないことでしょう。

批判を正当化することは許さないのです。

 

これはサッカー監督が言っていることではないです。

D・カーネギーも 「人を動かす」で同様のことを言っています。

 

批判に意味がないというのは、サッカー界だけではないのです。

特にサッカー界以外の、ビジネス界に対しても同様の思想をもった人たちが出てきたら良いと思います。

 


人を動かす 完全版

人を動かす 完全版

 

 

 以上